重たいものを軽々と吊り上げるクレーン船(起重機船)。その構造的なメカニズムも興味深いですが、他にもあまり知られていない多くの秘密が。
クレーン船(起重機船)のヒミツを徹底解明。
- 重たいものを吊り上げる仕組み
- 船がひっくり返らないワケ
- 自分で○○することが出来ない
- 作業中の操船はウインチを使っている
- 橋や架線の下を通る時のルール
- 謎のチェーンの意味
- 大型クレーン船は住み込みで働いている
1.重たいものを吊り上げる仕組み
日本で一番大きな起重機船「海翔」の最大吊り上げ能力は4,100トン、世界最大はオランダのHeerema Marine Contractorsが所有する「Sleipnir」。最大吊り上げ能力は20,000トン。
日本と世界では差がありますが、どちらも驚異的な重さであることは変わりありません。
数字が大きすぎるので想像し易いように、最大吊り上げ重量を人間の人数に換算すると、海翔で約63,000人(1人当たり65㎏換算)、Sleipnirは約307,000人。
1人当たり65㎏で換算
- 「海翔」 約63,000人(東京ドームの収容人数43,500人の1.45倍)
- 「Sleipnir」 約307,000人(兵庫県明石市の人口:303,601人、2022年5月時点)
動滑車の原理
クレーン船(起重機船)のメインフックにはフックブロックと呼ばれる”動滑車の原理”が使用されています。
”滑車の原理”を発明したのは、2400年前の古代ギリシャ人 アルキメデス。
動滑車の原理とは?
動滑車を使用すると、物体を持ち上げる時に半分の力で持ち上がり、持ち上げた物体の高さが引っ張った長さの半分になる。
例えば、動滑車を使用して100㎏の重りを持ち上げる時、ロープを引っ張り上げる力は半分の50㎏になる。そしてロープを2m引っ張り上げても、100㎏の重りは1mしか持ち上がらない。
- 50㎏の力で100㎏の重りを持ち上げられる(力が2倍)
- ロープを2m引っ張っても重りは1mしか上がらない(持ち上がる高さが 1/2)
Sleipnirの10,000トンフック
動滑車の原理は、滑車の使用枚数によって力を増幅させることが出来る。
先程の例だと1枚の動滑車を使用した状態で 持ち上げる力=2倍、高さ=1/2 になりましたが、動滑車を2枚に増やすと 持ち上げる力=4倍、高さ=1/4 になります。
持ち上げる力は 2×(動滑車の枚数)、高さは 1/(2×動滑車の枚数) という感じ。
「Sleipnir」のフックブロックで検証してみましょう。
画像を拡大して確認したところ、使用されている滑車の枚数は40枚。
動滑車の原理に当てはめると、持ち上げる力=2×40=80倍、高さ=1/(2×40)=1/80。
フックブロックの定格荷重10,000トンを倍率の80で割ると125トン。Sleipnirの10,000トンフックを巻き上げているウインチは125トン巻き以上が使用されていることが分かります。実際何トン巻きのウインチを使用しているのかは分かりませんが。
ちなみに日本最大の起重機船「海翔」は、メインフック1,025トン。フックブロックに使用している滑車の枚数は、10枚。メインフックのウインチ能力は70トン巻き。70トン×2×10枚=1,400トン。36%くらい余裕があります。「Sleipnir」も同程度の余裕とすると、想定ウインチ能力は150トン~170トン巻き。
フックの動きが遅い理由
動滑車の原理を使用すると力の増幅という恩恵を受ける代わりに、フックブロックの上げ下げに時間がかかってしまうという代償を払うことになる。
「海翔」で1/20、「Sleipnir」だと1/80。単純に「Sleipnir」の主巻ウインチを80m巻き上げてもフックブロックは1mしか上がらない。
2.船がひっくり返らないワケ
次に、海に浮かんでいるクレーン船が重たいものを吊り上げてもなぜひっくり返らないのか?
クレーン船で重たいものを吊り上げると👆上の画像のように吊り上げている方に大きく傾いて不安定な状態になってしまいます。
では、どんな対策を行っているのか?
クレーンと反対の船体部分にバラスト水を入れて安定させている。
「Sleipnir」のバラストタンク容量は19万トン。
船によってバラスト水は、海水を使用するものと真水を使用するものがある。海水を使用する場合はバラストタンクへの取水、排水が自由にできるが、真水を使用する場合は排水する事は出来ても現場では取水することが出来ない。なので、真水を使用する船は、バラストタンク内でバラスト水を移送して調整している。
3.自分で○○することが出来ない
日本のクレーン船(起重機船)は自分で移動することが出来ない。
クレーン船(起重機船)は、船舶ではないので航行するための推進装置(プロペラ)を搭載していない。
日本でも何隻かは自航式のクレーン船が存在しますが、全体の隻数から見るとほんとにわずか。ほぼ自船で航行できない非自航式。
自船で航行する事が出来ないので、ボートに引っ張ってもらわないと移動することが出来ない。港内での係留作業時、補助的に使用するサイドスラスターを搭載しているクレーン船は多いが、長距離を航行することは難しい。
世界的にみると自航式のクレーン船(起重機船)は多いが、日本ではまだ少ない。現在、清水建設がJMU呉で建造中の2,500トン吊りSEP起重機船「BLUE WIND」は日本で珍しい自航式。
4.作業中の操船はウインチを使っている
クレーン船(起重機船)は、航行するための推進装置(プロペラ)が無いので長距離の移動はボートに頼らないといけないが、現場での作業中はウインチを使用して操船している。
ウインチの反力として、岸壁などでは係船柱(ビット、ボラード)、海上ではアンカーを投錨して使用する。
アンカーの種類としては、大きく分けてストックアンカーとストックレスアンカーとがある。
【ストックアンカー】爪の部分が固定されている。
【ストックレスアンカー】爪の部分が40度前後の角度で正面又は裏面に自由に動くことができる。
【高把注力アンカー】クレーン船で使用されることはほぼ無いが、浮体式洋上風力発電設備など沖合で、長期間アンカーを使用して係留する設備に用いられる。把注力の高いアンカー。福島の洋上風力実証事業で使用されていました。
5.橋や架線の下を通る時のルール
大型のクレーン船、起重機船が橋や架線など海上で高さ制限がある場所を通過する時、もちろんのことながら高さ制限よりも低い状態で通過しなければならない。
大型のクレーン船でも旋回できるタイプは、橋や架線の通航にかかわらずジブレストした状態で航行するので、船体は最小限の高さになっている。
旋回しないタイプ、ジブが固定された大型起重機船はジブレストすることが出来ないので、ジブを倒していくしか手段が無い。
ジブ上端が橋や架線の高さ制限より低くなる状態までジブを倒していく。ジブの起伏にも動滑車が使用されていて、巻き上げる力は増幅されているが、ジブ起伏のスピードは遅い。
起伏スピードは遅いが、そのせいで橋や架線に接触するということはほぼ無く、接触事故が起こる時は勘違いとか認識不足などのヒューマンエラーが原因。
2022年5月7日に岡山県玉野市沖で1,400トン吊り起重機船「新建隆」が高さ65mの送電線に接触し、香川県直島町の全域が停電するという事故が起きている。人智を超えた大型起重機船も操作している人は私たちと変わらない人間だということを改めて感じさせられます。
続いてはこちら。
フックブロックが付いていない、巻き上げ用ワイヤーに付いているチェーン。これにどんな役割があるか知ってますか?
6.謎のチェーンの意味
謎のチェーン。
先程の画像を少し拡大。
少しサイズは大きいですが、普通のチェーン。
このチェーンの役割は重り。
旋回できない、ジブが固定式の起重機船にはだいたい付いてます。
このチェーンが付いていなかったらどうなるんでしょう?
チェーンが付いている巻き上げワイヤーのウインチもメインフックのウインチ同様、Aフレームの下に配置されています。
上の👆画像を見ると分かり易いと思いますが、ワイヤーを巻き上げていくとジブ先端から垂れ下がっている長さ(A)よりも、ジブ先端からAフレームまでの長さ(B)の方が長くなってしまいます。すると、ワイヤーを下げようと思っても、(B)のワイヤーの重みで下がってこないという現象が起きてします。最悪の場合は、(B)のワイヤーの重みで引っ張られて抜け落ちてしまう可能性もあります。
この現象を防止するために、チェーンが重りとして取り付けられています。
旋回できるタイプのクレーン船には、この手の巻き上げワイヤー自体が付いていないものも多い。理由は、旋回できるのでフックにワイヤーを仕込んだりする作業を自船の甲板上で行う事ができる。それと、旋回できるクレーン船のメインフックは1フックの場合が多いので、玉掛け作業時に補助クレーンがほぼ必要ないから。
逆に旋回できるクレーン船でもメインフックが複数ある場合は、補助で使用するこの手の巻き上げワイヤーを搭載していることが多い。
7.大型クレーン船は住み込みで働いている
普通はそこまで想像しないので気付かないだけだと思いますが、言われてみると「そりゃそうでしょ」という話。
基地港周辺でしか作業をしていないクレーン船であれば住み込みで働く必要は無いですが、大型クレーン船ともなると全国、津々浦々へ出向いて作業しているので通勤する方が無理。必然的に、クレーン船の船内で生活しながら作業に従事している。
サラメシ シーズン6 第16回(2017年9月7日放送 12:20 – 12:45 NHK総合)
クレーン船にまかないの昼がきた
海の上の力持ち!日本最大級のクレーン船
今回は、船上のまかない飯を紹介。日本最大級のクレーンを搭載した海洋土木専門の作業線、ジブ・スライド格納式起重機船のクレーンの高さは120mにもなる。この日は、古くなった大型重機の撤去作業のため兵庫・東播磨港から神戸港へと向かう。船長・松原勉さんは朝一番に天気図を必ずチェックする。ここ数年、国内外問わず湾岸地域の開発や大規模な海上道路の建設が相次いでおり、去年開通した沖縄・伊良部大橋の建設では約40mの橋梁の中央部を釣り上げ、東京ゲートブリッジの建材も3隻使ってクレーンアップ。東日本大震災では、岩手・釜石港の岸壁に乗り上げた大型貨物船の救援作業にも参加した。一度現場に出たらなかなか家には戻れないため、船内には船員専用の個室も完備されている。船員たちの体調管理を任されているのは、コック長の山田清貴さん。船の上で3か月、1日3食飽きずに食べてもらえるよう、必ず船員たちのリクエストを聞いて食材を仕入れている。
サラメシ 2017/09/07(木)12:20 の放送内容 ページ1 | TVでた蔵 (datazoo.jp)
長いときは船上生活3か月。ご苦労様です。
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ただし、「サラメシ」の配信は放送日の翌日から約2週間なので”クレーン船にまかないの昼がきた”は見れません。
以上、クレーン船(起重機船)の仕組み、ヒミツを徹底解明でした。
記事を最後までご覧になって頂き、ありがとうございます。

