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八戸沖座礁船の撤去完了は来年末へ 撤去方法はチェーンプラーに変更

八戸沖座礁船の撤去完了は来年末へ 撤去方法はチェーンプラーに変更

 八戸港沖で座礁したままになっている木材チップ専用船 CRIMSON POLARIS(クリムゾン・ポラリス)の船尾部分について、撤去完了が2023年末にズレ込むそうです。撤去方法は「チェーンプラー」と呼ばれる装置を使った方法に変更。

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八戸沖座礁船の撤去完了は来年末へ

 2021年8月に青森県八戸港の沖で座礁した木材チップ専用船 CRIMSON POLARIS(クリムゾン・ポラリス)。その後、船体が2つに折れて分断、船首部分の撤去は1か月後の2021年9月に完了しましたが、船尾部分は今なお座礁したままになっている。

 船尾部分の撤去準備が完了し、2023年1月に撤去作業は完了する予定でしたが、引き揚げ作業を行う起重機船「海翔」は八戸港に到着したものの荒天が続き作業が出来る海象状況では無かったため、「海翔」は帰港し予定が仕切り直しになっていた。

大型起重機船を使用しない撤去方法

 12月9日に撤去作業を行う日本サルヴェージは、漁業関係者へ作業状況の説明を行ったそうです。その中で大型起重機船を使用しない引き揚げ方法を提案。新たな引き揚げ方法を最短で実施した場合、機関室(重量1,700トン)を来年10月までに、居住区と船倉部分を11月にそれぞれ撤去し、12月末に作業を完了するという予定を示したそうです。先日までの撤去完了時期に比べて11カ月遅れるという新しい引き揚げ方法が関係者に受け入れられるのかどうかは不明。海という自然の中で行う作業なだけに大型起重機船を使用しない方法だからといって確実に予定通り作業が進むとは限らない。それだけこの撤去作業の難易度が高いことを物語っている。

 撤去作業の遅れをめぐっては、八戸市にある2つの漁協が「ほっき貝」の漁を去年に続き今年も見合わせるなど、地元の漁業への影響が長期化しているそうです。

「チェーンプラー」と呼ばれる装置を使った撤去方法とは?

 提案された新たな引き揚げ方法は「チェーンプラー」と呼ばれる装置を使った撤去方法。報道されたニュース記事のイメージ図では撤去する機関室部分に取り付けられたチェーンを注釈では「台船」と記載されているボートのような船で引っ張るイメージ図になっていますが、ちょっとニュアンスが違う様に思います。横に引っ張っても1,700トンの機関室を引き上げることは出来ません。

 新工法は、撤去する船体に穴を開けてチェーンを通し、台船2隻に4基ずつ設置した「チェーンプラー」と呼ばれる装置でつり上げる。クレーン船のように気象条件でつり上げ機具が大きく動くことがないほか、長期間チャーターできる台船を使うため、作業中断の心配は少ないという。

八戸沖座礁船 撤去完了「来年末に」|環境|青森ニュース|Web東奥 (toonippo.co.jp)

ワイヤーロープではなくチェーンを使用

 一般的に起重機船などで重量物を吊り上げる時に使用されるワイヤーロープは、素線となる金属束をねじってよりあわせた金属製ロープですが、直接ワイヤーロープで吊荷に玉掛けすると吊り上げた時、折れ曲がる部分が破損して最悪の場合切れてしまう恐れがあります。なので、ワイヤーロープを使用する場合は、吊荷の重心位置を考慮してリフティングピースを取り付け、ワイヤーロープとリフティングピースをシャックルなどで連結する必要がある。

 ただ、今回のようなサルベージ作業の場合、吊荷の重心位置は不明で形状も明確には分からない状態。さらに、リフティングピースを取り付ける溶接は潜水士による水中作業になるため安全率を考慮すると溶接長が長くなり長期間の日数が必要となる。そして、海中に座礁している撤去物が波浪により動いて潜水士が危険にさらされるリスクを考えると安全に撤去する方法とは言えない。

 チェーンは、吊り上げた時に撤去物の形状に合わせて折れたり、擦れたりしてもワイヤーロープに比べて変形や損傷に強いという特性がある。このような特性からサルベージ作業で撤去物を吊り上げる吊具としてワイヤーロープではなくチェーンが使用されることが多い。今回の引き揚げもチェーンを使用するということなので、リフティングピースの取付は行わず、撤去物の構造的に強い部材に直接チェーンを使用して吊り上げを行うことが推測できる。

「チェーンプラー」とは?

 「チェーンプラー」という名称を英語を翻訳すると、”chain puller” は ”チェーンを引くためのもの” という意味。

 撤去方法は、台船に ”chain puller” と呼ばれるチェーンを巻き上げる設備を設置して機関室を引き揚げるというもの。ニュース記事では ”台船2隻に4基ずつ設置” とあるので合計8基設置。撤去する機関室の重量はおよそ1,700トン。

「chain puller」1基あたりにかかる重量

 1,700トン ÷ 8基 = 212.5トン

 不均等荷重などを考慮すると300トン以上の巻き上げ能力が必要かもしれません。8基設置するというのは元々「海翔」による吊り上げ準備として仕込んでいた吊り点数が8点吊りだったのでしょう。参考までに Mammoet の300トンchain pullerの動画で動作状況を見るとイメージしやすい。

類似する「セウォル号」の引き揚げ

2隻の台船を使用した「セウォル号」の引き揚げ

 似たような方法として沈没した「セウォル号」引き揚げの時に2隻の台船を使った方法があります。

「セウォル号」引き揚げのイメージ図

 クリムゾン・ポラリスの新たな撤去方法と違う部分は撤去物の下にリフティングビームを設置している点と「チェーンプラー」ではなく、ワイヤーとストランドジャッキを使用しているという点。

 座礁している船の下にリフティングビームを設置する作業は非常に大変ですが、強度が保証されているものを吊り上げる安心感はあります。

大型起重機船を使用しない最大のデメリット

 今回提案された大型起重機船ではなく”chain puller” を使用する方法に変更したことで大きく異なるのが水切り出来ないという点。「海翔」などの起重機船で吊り上げれば最寄りの岸壁に吊り運搬したり、輸送台船に搭載して解体場所まで運ぶことが出来ますが、台船2隻で”chain puller” を使用する方法では、水面より上に撤去物を吊り上げることが出来ない

半潜水式運搬船「WHITE MARLIN」に「セウォル号」を搭載

 「セウォル号」引き揚げの時は、台船2隻で水面まで引き揚げた後、半潜水式重量物運搬船「WHITE MARLIN」を半潜水させた状態で「セウォル号」の下に配置して運搬船に搭載するという方法が行われています。

 日本国内には同様の半潜水式重量物運搬船は、深田サルベージ建設㈱が所有する「OCEAN SEAL Ⅱ」しかいない。

 似たような性能を持つフローティングドックは結構いますが、作業用のクレーンが搭載されていたりするので、今回のようなサルベージ作業には不向きと言える。

 日本国内で隻数が少ない半潜水式重量物運搬船を国外から調達してくる可能性も考えられますが、その他の手段として考えられるのが、支障のない位置まで移動させるという方法。

 可能性は低いと思いますが、半潜水式重量物運搬船への搭載を考えず、台船2隻で撤去物を吊り上げた状態で曳航し、港内で船舶の航行に支障がない位置へ仮置きするという方法。フローティングドックでケーソンを製作し、浮上・曳航して数百トンクラスのクレーン船で据付が行われる東北や日本海側などの地域では港内に製作したケーソンをストックするため、沈めて仮置きすることがある。ただ、この方法だと最終的には再度、吊り上げる必要があるので効率的とは言えませんね。

類似する「DB1」引き揚げ

引き揚げられた「DB1」を半潜水式重量物運搬船「BOABARGE 29」に搭載
出典:Resolve Marine

 同じように台船2隻を使用して”chain puller” を使用する方法で引き揚げられた「DB1」。厳密に言うとクレーン船とクレーン付き台船の2隻ですが。

引き揚げた「DB1」を「BOABARGE 29」に搭載
出典:Resolve Marine

 2018年8月にメキシコ湾で行われた「DB1」の引き揚げ作業。引き揚げに使用されたのは、1,400トン吊りクレーン船「CONQUEST MB1」と「RMG 302」というクレーン付き台船。

 この時の引き揚げ重量は6,000トン

「DB1」引き揚げ作業の動画

引き揚げ方法の変更が吉と出るか凶と出るか?

 今回、変更の提案があった「チェーンプラー」と呼ばれる装置を使用する撤去方法の概要は何となく見えました。確かに大型起重機船を使用しない方法で汎用性の高い台船を使用することで拘束期間の縛りは緩くなりますが、それでも海象の穏やかな日じゃないと作業出来ないことには変わりない。台船の設備と撤去物に仕込んだチェーンとを連結する作業には潜水士の存在が不可欠。引き揚げ作業で取り扱うチェーンは恐らく大きなもので、人力で動かせるようなものではなく小型のクレーン船との相番作業となれば尚更。

 引き揚げ方法の変更が吉と出るか凶と出るか。終わってみないと分かりませんが、今後も作業の進捗に注目していきます。

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