世界的にカーボンニュートラルの切り札とされる洋上風力発電。ヨーロッパを中心に導入が進み、近年では中国の急成長が目覚ましい。2012年末の時点では4.8GWだった世界の洋上風力発電容量は、直近の10年間でおそよ12倍に相当する57.6GWへと増加。今後も洋上風力発電所建設の勢いは世界的に継続することが予想される。
日本でも昨年末に商用規模としては国内初となる洋上風力発電所が運転を開始。再生可能エネルギーとして注目される洋上風力発電ですが、海上に建設することから船に関係する事故が起きます。
世界で起きた洋上風力に関係する事故について。
YouTube動画 洋上風力発電に関係する船の事故【Ship accidents involving offshore wind farms】
風力タービンブレード落下
2021年10月、洋上風力発電所のメンテナンス中に発生した事故。
事故が起きたのはイングランド北西部のバロー=イン=ファーネスの海岸から10km沖合のアイリッシュ海に建設されたオーモンドウィンドファーム。2012年2月から運転を開始。5MWの風力タービン30基が設置されており事故当時、発電所ではSEP船「MPI ADVENTURE」による定期メンテナンスが行なわれていた。
3枚のブレードをハブに取り付けて、専用の吊り具で吊り上げた、次の瞬間。何らかの理由で吊具が外れて、ハブとブレード3枚(126トン)が水中に落下。
幸いなことに事故による負傷者は出ず、付近の海岸に漂着したブレードの破片や海底に落下したハブなどは、回収する作業が行なわれました。
出典:Vattenfall
SEP起重機船転覆
中国の洋上風力発電所建設時に起きたSEP起重機船の転覆事故。
事故が起きたのは中国南東部にある広東省恵州市から沖合へ30kmで建設中の恵州洋上風力プロジェクト(フェーズ1)。MINGYANG SMART ENERGYの出力6.25MW風車を64基設置する計画でその内1基の設置中に事故が起きました。
転覆したSEP船「升平001」は洋上支援を行なうために建造され、200トン吊りクレーンを搭載していましたが、洋上風力産業の急成長に伴う設置船不足解消のため改造が施され、1,600トン吊りのクローラークレーンが搭載されたという。事故原因は不明ですが、改造により安定性が低下した可能性は高い。
事故当時、船上には65人が乗船しており61人が救助され4人が行方不明となっている。最終的にSEP船は転覆してしまいました。
ジャケット基礎杭打設時のパイルラン
風力タービンの土台となるジャケットの基礎杭打設中に、パイルランと呼ばれる杭が地盤の中で落下する現象が起きた事故。
事故が起きたのは台湾の彰化県沖10kmに位置する彰化洋上風力発電施設。日立製の5.2MW風力タービン21基で構成され、ジャケット式基礎を採用。
出典:Heerema
ジャケットと基礎杭の設置を行なったのは、Heerema Marine Contractorsが所有する5,000トン吊りのクレーンとDP3を搭載した自航式クレーン船「Aegir」。
パイルランとは?
パイルランとは油圧ハンマーを使用した杭の打設中に起こる現象。打設位置に鋼管杭を建て込んで海底地盤に下げていくと自重で表層に沈み込みます、これを自沈と言いますが、そのあと油圧ハンマーで打ち下げていく時に支持層より上に自沈するような柔らかい層がある場合、硬い層を油圧ハンマーによる打撃で打ち抜くと鋼管杭が柔らかい層を自沈して地盤の中を落下していく現象が起こる、これがパイルラン。鋼管杭が制御出来ない状態になるので非常に危険な現象といえる。
台湾の「Aegir」で起きた事故では、数十メートルの落差でパイルランが発生し、鋼管杭が落下したことで油圧ハンマーの吊具が破損。鋼管杭と共に油圧ハンマーが海面際まで落下。幸いなことに事故による負傷者は出なかったようです。
台風によるクレーン船沈没
出典:YouTube | SCMP Clips
2022年7月2日に中国で起きたクレーン船の沈没事故。破損して半分沈みかかった船体から救助される乗組員の様子。周囲の海は荒れ狂い、ヘリでの救助も危うい状況。一体なぜ、このような事故が起きてしまったのでしょうか?
出典:Sohu(搜狐)
2023年5月末に公表された事故調査報告書によると、沈没したクレーン船は2,000トン吊りクレーンを搭載した非自航式のクレーン船「福景001」。このクレーン船は改造船で元になっている船は1983年にタンカーとして建造、そして、2006年にタンカーから自航式の重量物運搬船「Zhenhua20」へ変換する1度目の改造を実施。さらに、2021年9月には2度目の改造が行われ2,000トン吊りクレーン船「福景001」が完成している。2度目の改造では長さ247mあった船体の船首部分を80m分撤去して、クレーンなどを搭載する37.5mの構造セクションを船首側に追加している。
改造後にクレーン船「福景001」が作業していたのは、広東省 陽江市沖合の粤电阳江青洲第1、第2洋上風力発電プロジェクト。この現場で2022年5月から風車基礎杭の設置を行なっていましたが、事故当時は台風3号の接近に備えて、24海里離れた錨泊地に避難していました。
錨泊地では船首側の12.9tアンカーが付いたチェーンアンカーを275m、同じく船首側の10.5tアンカーが付いた4番ワイヤーアンカーを1,000m投錨していた。
台風の接近により風速25m/s、最大波高9mを超えてきた7月2日午前0時5分、事態が急変する。
4番ワイヤーの張力が425トンを超えた後、波と風の力で船体が押され、ウインチからワイヤーが抜け落ち、「福景001」は南西に漂流し始める。停泊場所から9.5海里の位置にあった粵電陽江沙扒洋上風力に向かって流され、漂流中に洋上風車と衝突。衝突した3基目の風力タービン基礎で船体が分断し、この位置で船首部分は沈没。
さらに漂流する船尾部分には30人全員が乗っていた。そして、傾いた船尾部分を大きな波が襲い27人が海に投げ出される中、ヘリコプターにより乗組員3人を救助。海に投げ出された27人のうち1人は事故から2日後に救助されましたが、残る26人は25人が死亡、1人行方不明になっている。
事故調査報告書によると事故当時、救命ボートは2隻積んでいましたが、法定救命いかだ4隻をメンテナンスのため積んでいなかったことや必要に応じて乗組員を避難させず、乗船者人数を虚偽報告していたことが多くの死傷者を出す重大事故につながったとしている。
作業員輸送船が風力タービンに衝突
2020年4月23日に起きた作業員輸送船が風力タービンに衝突した事故。
事故が起きたのはドイツのボルクム島から37km沖合にある「Borkum Riffgrund 1」。ドイツ初の洋上風力発電所でシーメンスの4MW風力タービン78基で構成され、総発電容量は312MW。2013年に建設を開始、2015年10月から運転開始。77基のモノパイル基礎と1基のサクションバケットジャケットを採用している。
出典:FleetMon | howardliverpool
事故当日、作業員輸送船「Njord Forseti」は早朝にエームスハーヴェンを出港し、「Borkum Riffgrund 1」の北側に位置する「Merkur Windfarm」で作業していた。18時過ぎに作業を終え、港へ向けて「Merkur Windfarm」を出発する作業員輸送船には船長他2人の乗組員とメンテナンス技術者1人の4人が乗船。そして「Borkum Riffgrund 1」の横を20ノット(時速37km)で航行していた、次の瞬間。そのままの勢いで風力タービン基礎に衝突。
事故の原因は、操船する船長が座席右側にあるVHFの調整に気を取られ、周囲の確認を怠っていたこと。終始、船長は座席右にあるVHFで何かしているようですが、衝突の直前に前方へ顔を向けます。しかし、時すでに遅くそのまま衝突。
実はこの時、船長の右側の座席には船の機関員が座っていました。その日の午前中に突然停止するトラブルが起きた左舷エンジンの状況確認のため、コンソールの低い位置にあるスクリーンを見ていて、前方の異変には気付かなかったそうです。
衝突した船の右舷船首側は損傷が痛々しいですが、乗船者の方は重傷者がでたものの、命に別状は無かった。
出典:Offshore Crew Transfer Vessels for Wind Farms
貨物船が風力タービンに衝突
出典:FleetMon | blufisch
次も風力タービンに船が衝突した事故ですが、衝突したのは貨物船事故が起きたのはドイツの北海で稼働中の洋上風力発電所「Gode Wind 1」。ドイツの海岸から45km沖合にありSiemensの6MW風力タービン55基で構成され、総発電容量は330MW。2017年6月に運転を開始している。
事故を起こした貨物船「PETRA L」は2023年4月22日にポーランドのシュチェチンを出港し、北海バルト海運河を抜けてベルギーのアントワープに1,500トンの穀物を運んでいた。
貨物船「PETRA L」のAISに記録された航跡を見ると北海バルト海運河を抜けて「Gode Wind 1」のエリア付近で航跡が北側に寄っているのが確認できます。事故当時、貨物船は自動操舵で航行していましたが、コースからは何マイルも外れていた。
自動操舵装置といっても、船の船首方位だけを制御するものから指定した航路を航行できるものまで様々。船首方位だけを制御する自動操舵装置では、船首方位が保持されていても潮流や風の影響で想定していた航路を外れる事があるそうです。
風力タービン基礎に衝突した貨物船「PETRA L」の船首右舷側は大きく破損。外板がめくれる様に剥がれ、船内が丸見えの状態に。当然ながら船内への浸水も確認されたという。船には6人の乗組員が乗船していましたが、事故による負傷者は確認されておらず、貨物船「PETRA L」も海象が穏やかだったこともあり自力航行によりドイツのエムデン港に入港することが出来たようです。
貨物船が風力タービンに衝突 その2
出典:FleetMon | miraflores
続いても風力タービンに貨物船が衝突した事故。衝突したのは全長190mの「JULIETTA D」。先程の貨物船「PETRA L」と大きく違うのは船体の大きさ。「PETRA L」の全長が74m、総トン数1,162トンだったのに対して「JULIETTA D」の全長は190m、総トン数24,196トン。
事故当時「JULIETTA D」は航行していた訳ではなく、オランダのエイマイデン沖32kmにある錨泊地で停泊していました。
事故が起きたのは、2022年1月22日 午前11時30分頃。嵐による強風と波の影響で走錨しはじめ、近くに停泊していたタンカーに衝突。タンカー側に大きな損傷はありませんでしたが、「JULIETTA D」は機関室付近の船体が破損し、そこから浸水。
航行不能に陥った「JULIETTA D」は沿岸警備隊に救助を要請。乗組員18人全員がヘリコプターにより救助されましたが、無人になり漂流する「JULIETTA D」はオランダの海岸へ向かって流され、建設中のHollandse Kust Zuid洋上風力発電所で変電所基礎のジャケットと風力タービン基礎に衝突。
出典:TenneT
出典:Allseas
変電所基礎のジャケットは損傷が限定的であることが確認され、衝突から2か月後の2023年3月にトップサイドの設置がおこなわれました。一方で風力タービン基礎は、引き続き上部の設置をおこなった場合、風力タービンの健全性が確保できないとして2024年に撤去されることが決定しています。
出典:Vattenfall
Hollandse Kust Zuid洋上風力発電所は、2021年6月に建設が開始され、Siemens Gamesaの11MW風力タービン140基を設置する予定でしたが、損傷した1基は計画から除外され、139基の設置作業が2023年6月に完了。2023年末までに運転開始が予定されている。

