昨年の2022年9月 クレーン船スパッドが天草瀬戸大橋に衝突
2022年9月15日11時28分頃、熊本県天草市に架かる天草瀬戸大橋にクレーン船のスパッドが衝突する事故が発生。衝突したクレーン船のスパッドは曲がり、橋の方にもへこみや塗装が剥がれるといった損傷はあったものの、幸い大きな損傷はなく通行止めなどの措置はとられなかったという。事故当時、クレーン船と押船に乗船していた船長ほか甲板員3人の計4人にケガはなかった。
昨年、熊本県で起きたクレーン船のスパッドが橋に衝突するという大惨事にもつながりかねない事故について運輸安全委員会から船舶事故調査報告書が公表されました。
事故当時のニュースでは、目撃者の方がインタビューで橋との接触時に大きな音がして橋が揺れているように見えたとのこと。橋の上では一般の車両が通行していたという情報もあるので大きな事故にならなかったのは不幸中の幸い。
この種の事故の場合、うっかり忘れていたとか他のことに気を取られていて衝突するというケースが多いような気がしますが、今回の事故は誤った情報を基にした勘違いが主な原因だったようです。
事故発生までの経緯
事故当日、クレーン船は熊本県天草港で揚げ荷役を終えたあと台風の接近に備えて熊本県三角港に向かっていた。クレーン船の船尾に押船をセットして航行するプッシャータイプで、クレーンジブは倒した状態だったという。海面からスパッド上端までの高さは約18m、クレーンマストの高さは約14m。
船長は押船の高い位置にある操舵室で手動操舵による操船をおこなっていた。可航幅が狭く3本の橋が架かる本渡瀬戸の航行にあたり、船首と船尾に見張りのため甲板員を配置しスパッド昇降装置の操作にも甲板員を1人配置。船長は事故を起こしたクレーン船で本渡瀬戸を航行した経験が豊富にあったという。
1つ目の橋である橋桁が上がった状態の瀬戸歩道橋の手前で普段と同様にスパッドを2m下げてから橋を通過。この時、船底から出たスパッドが抵抗となり速力が約1ノット減少し約4ノットになったという。通常はこのままの状態で2つ目の橋である天草瀬戸大橋を通過していたが、早く三角港に到着して条件の良い避泊場所を確保したいという思いから、瀬戸歩道橋を通過後にスパッドを海面から18mの高さに戻し天草瀬戸大橋の中央部に針路を定めた。この時、甲板上にいる甲板員もいつもと異なる指示に疑問を感じていますが、自分達よりも高い位置から目視している船長の判断という事もあり指示に従ったそうです。
衝突の原因は情報不足と勘違い
なぜ、いつもはスパッドを2m下げた状態で天草瀬戸大橋を通過していたのに元の高さに戻してしまったのか。それには、台風避難で早く避泊場所に到着したいという思いに加えて船長の誤った認識が引き金となっていたようです。
何度も本渡瀬戸を同じクレーン船で航行した経験から、過去にスパッドを2m下げた状態でスパッド頂部と天草瀬戸大橋の桁下とのクリアランスを目視で確認した時に相当余裕があるという認識を持ち、桁下高さは瀬戸歩道橋よりも2m高い19mはあると思い込んでいた。これがスパッドが橋桁に衝突した原因。正確に桁下高さを把握していたのは瀬戸歩道橋のみ。天草瀬戸大橋と事故当時は建設中だった天草未来大橋については、目視による誤った桁下高さを認識していた。
橋梁名称 | 実際の桁下高さ | 船長が認識していた桁下高さ |
瀬戸歩道橋 (橋桁が上がった状態) | 17.8m (海図上は17m) | 17m |
天草瀬戸大橋 | 17.8m (海図上は17m) | 19m |
天草未来大橋 | 17.8m (海図上は17m) | 19mより高い |
橋桁とスパッドとの位置関係は、単にクレーン船側のスパッド高さで決まるわけではなく、甲板の積荷による喫水の増減や潮位によっても大きく変化する。船長はクレーン船の甲板上からスパッド高さが16m、クレーンマストの高さが12mという事は把握していたという。その高さにクレーン船の乾舷を足せば海面からのスパッドとクレーンマストの高さは計算できるので、過去の目視確認時に潮位との関係を紐付けることが出来ていなかったということになる。
衝突した橋桁の損傷具合
天草瀬戸大橋の橋桁との衝突前、クレーン船前方のクレーンマストと橋桁とのクリアランスがいつもより小さく見えた船長は不安に感じ、減速して主機を中立運転にしていたという。桁下高さ17.8mに対してスパッド高さが海面から18mとわずか20cmという少しの差だったという事もあり、スパッドが湾曲しながら桁下をこするようにして通過したとみられる損傷の跡が橋桁に残っています。
もう少し潮位が高く、そして速力がもう少し出ていたら衝突時の衝撃で橋桁が落橋するという最悪の事態が起きていたかもしれません。
船舶事故調査報告書の分析と原因
衝突の原因となったスパッドを海面から18mの高さに戻すという行為がなぜおこなわれたのか。その要因について船舶事故報告書では以下のように述べています。
クレーン船や船舶が航行中に橋梁や架線に接触するという事故。起きる頻度は少ないですが、ひとたび起きると大惨事につながりかねません。人間が操船している以上、事故が無くなることは無いと思いますが、重大事故につながる可能性があるという認識を強く持ってもらうしか事故を防ぐ方法は無いんでしょうか。
運輸安全委員会の船舶事故調査報告書では同種事故等の再発防止に役立つ事項として以下のように述べられていました。
スパッドを備えた船舶の運航を行う船長は、橋梁が架けられた海域を航行する場合、スパッドが橋梁に衝突すれば社会活動や市民生活に大きな影響を及ぼすおそれがあることを強く認識し、必ず事前に橋梁の高さや潮位を調べてスパッド頂部と橋梁最下部とのクリアランスを計算した上、安全を最優先とし、スパッドの位置を橋梁の下を安全に通過できる位置に調整しておくこと。
船舶事故調査報告書 | 押船第五十八丸光丸起重機船第五十八丸光丸衝突(橋桁)| 運輸安全委員会 (mlit.go.jp)
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