バリ島沖でフェリー「Putri Yasmin」火災、2010年まで日本で就航

バリ島沖でフェリー「Putri Yasmin」火災、2010年まで日本で就航 事件・事故
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バリ島沖でフェリー「Putri Yasmin」火災、2010年まで日本で就航

2026年8月12日、インドネシアのバリ島沖を航行していたフェリー「Putri Yasmin」で火災が発生。

AIS情報によると、フェリー「Putri Yasmin」は8月12日02時(インドネシア中部標準時:UTC+8)にバリ島のパダンバイを出港して、ロンボク島のレンバールへ向かって航行していた。

マタラム捜索救助局(Kantor SAR Mataram)の発表情報によると、フェリー「Putri Yasmin」がパダンバイを出港してからおよそ2時間後の8月12日04時15分に火災が発生。マタラム捜索救助局は、同日04時39分に通報を受け、直ちに人員を派遣して救助活動を開始。捜索救助活動には、マタラム捜索救助局、デンパサール捜索救助局、インドネシア海軍、西ロンボク警察、西ロンボク水上・航空警察、SGi Air Bali、地元住民、その他関係機関など、多岐にわたる組織が協力。捜索救助チームの初期報告では、救助された173名のうち172名は無事だったものの1名の死亡が報告されているという。

TNI AL(Tentara Nasional Indonesia Angkatan Laut:インドネシア海軍)の発表で乗船者名簿による情報として、フェリー「Putri Yasmin」には船長を含む乗組員17名と乗客114名の計131名が乗船。また、乗員乗客に加えて二輪車33台と乗用車、ピックアップトラック、貨物トラックを含む四輪車22台を積載していたという。

報道されている情報では、乗員乗客131名全員が救助されたと報じられている一方で、1名死亡という情報も報じられている。乗員乗客の人数も異なる数字が飛び交っており、記録されている乗船者名簿の人数と実際の乗船者数に差異が生じている可能性が高く、救助した生存者の人数をカウントしたところで乗船人数から差し引いて行方不明者の人数を確認するということが出来ない状態なのかもしれません。

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フェリー「Putri Yasmin」は2010年まで日本で就航

フェリー「Putri Yasmin」
出典:Marinetraffic | Arjan Elmendorp
フェリー「えっさ丸」(3代目)
出典:SADO KISEN Co.,Ltd.
フェリー「ぶーげんびりあ」
出典:Marinetraffic | www.wakanatsu.com

フェリー「Putri Yasmin」は、日本の神田造船所(現 常石呉ドック)で建造され、1992年に竣工。佐渡汽船の「えっさ丸」、鹿児島交通の「ぶーげんびりあ」として2010年まで就航した後、インドネシアに売船されて2011年に現在の「Putri Yasmin」に船名を変更。

船名Putri Yasmin
総トン数1,790トン
長さ60m
13m
船籍インドネシア
建造年1992年
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日本で就航していた貨客船が海外へ売船後に起きた火災

船名日本での船名火災発生日発生場所建造年
Putri Yasminえっさ丸
ぶーげんびりあ
2026年8月12日インドネシア バリ島沖1992年3月
MUTIARA SENTOSA IIフェリーおおさか2026年8月2日インドネシア マドゥラ島沖1992年1月
Seaworld Marine 2かりゆし2026年2月6日韓国 済州島沖2002年11月
MUTIARA BERKAH Iフェリーあざれあ2023年9月6日インドネシア ジャワ島西部1994年
MUTIARA TIMUR Iおーしゃんいーすと2022年11月16日インドネシア バリ島沖1991年
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【動画】フェリー「Putri Yasmin」火災の様子

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